
前回、責任感が強い人ほど仕事が集まりやすいという話をした。
仕事ができる。
頼りになる。
断らない。
だから信頼される。
そして仕事が増える。
これは多くの職場で見られる現象だろう。
しかし、その先にはもう一つの問題がある。
責任まで集まってくるのだ。
気付けば全部自分の仕事になっている
最初は小さな頼み事だった。
少し手伝うだけ。
確認するだけ。
代わりにやるだけ。
それが何度も繰り返される。
すると不思議なことが起きる。
いつの間にか、その仕事の担当者になっているのである。
周囲に悪意はない。
本人にも悪意はない。
ただ、できる人に頼んだ結果そうなっただけだ。
しかし気付けば、
「これって誰の仕事だっけ?」
という状態になる。
責任感が強い人ほど抱え込む
責任感が強い人は真面目だ。
だから途中で投げ出さない。
最後までやろうとする。
問題が起きれば自分で何とかしようとする。
それ自体は素晴らしいことだ。
しかし組織の中では、それが裏目に出ることもある。
本来は上司が判断すべきこと。
本来は別の部署が決めること。
本来は会社が考えるべきこと。
それらまで抱え込み始めるからだ。
そして苦しくなる。
責任を返すことは逃げではない
ここで勘違いしてはいけないことがある。
責任を返すという言葉を聞くと、
「責任逃れ」
を想像する人がいる。
しかしそうではない。
むしろ逆だ。
責任を共有するための行動である。
例えば、
「この認識で合っていますか?」
と確認する。
「優先順位はどれですか?」
と聞く。
「終わらなかった場合は何を優先しますか?」
と判断を委ねる。
すると、その仕事は一人のものではなくなる。
上司も判断に参加したことになる。
責任が共有される。
組織としては、むしろこちらの方が健全だ。
上司を使うという発想
仕事ができる人ほど、
「自分で解決しよう」
と考えがちである。
しかし組織で働く以上、全てを自分で抱える必要はない。
上司には上司の役割がある。
判断すること。
優先順位を決めること。
責任を負うこと。
だから遠慮なく使えばいい。
確認すればいい。
相談すればいい。
それは甘えではない。
組織を正しく機能させるための行動である。
最後に
責任感は素晴らしい。
信頼される理由にもなる。
しかし責任感だけで走り続けると、いつか苦しくなる。
だから必要なのは責任感を捨てることではない。
責任を共有することだ。
人に頼ること。
確認すること。
判断を委ねること。
そして、抱え込まないこと。
人は愚痴を語る。
共感を求める。
怒りの正体を探す。
その先でようやく気付くのかもしれない。
本当に必要だったのは、問題を一人で背負わない技術だったのだと。







